今朝目覚めたのは、午前6時38分。
目覚める直前まで、と~っても幸せな夢を見ていました。
目覚めてすぐに(あれ?・・・ああ夢だったのか)と気づきましたが、
本当に幸せな夢だったので、今日一日、
ほっこりと温かい気分で過ごせました
夢の中で私は、成人したムスメと、東京都の西の端っこにある実家を訪れていました。
ムスメはなぜか、都内に出なくてはならなくて、実家の最寄駅まで、父が車で送ってくれることに。
ところがムスメと私の仕度が遅れたため出発も遅れ、(あぁ~もう駄目、電車に乗り遅れた~!)と焦りまくる私。
実家の最寄駅を通るのは本数が極端に少ないローカル線で、
一本逃すと次の電車まで一時間以上あったりしたからです。
ところが次の場面では私たちは、父の運転で、最寄駅ではなく
立川駅ちかくに着いていました。
昔立川駅の並びの、駅から100m弱(?)のところに第一デパートというデパートがあったんですが、
そのそばで父とムスメと私は車を降り、
雑多な店舗が詰まった迷路のような第一デパート内を通り抜け、
無事立川駅に到着。
「さすがお父さん、○○線には間に合わないとわかっていたので、立川駅まで
送ってくれたのね!!」と父に感謝するつもりが、そこで目が覚めました。
なのでちょっと、未消化の気分・・・
私の父は、25年前の今月(=6月)30日に、他界しました。
二度目の脳溢血で6月5日に倒れたあと、一度も意識を取り戻すことなく。
(参: ハナちゃんだより (32) )
(またお父さんが亡くなった6月がやって来たなぁ・・・)と考えていたうえ、
昨日は脳出血で先月亡くなったCさんについて書いたので、それが原因で、
今朝の幸せな夢を見たのかもしれません。
でも、たとえ夢でも、元気だった頃の父に会えて、すごく嬉しかった!
夢の中ではあったけれど、成人したムスメと父が交流できたのも、本当に嬉しい!!
父がムスメと会ったのは、亡くなる前年の1997年に里帰りしたとき、
ムスメが2歳になる直前だったときの、一度きりでしたから。
(参: ハナちゃんだより (24) )
未亡人となった母も去年7月8日に、父に遅れること24年で、他界。
(参: 母らしい逝き方)
私は61歳にして、親を両方とも失ったわけです。
「私の両親は世界一の両親でした」
なんて、ありふれた決まり文句を言うつもりはありません。
もちろん私にとっては世界一でしたが、客観的に見れば、
世界一ではなかったとも思うし(お父さんお母さんゴメンナサイ)。
でも二人とも、何ごとに関してもまず子供を一番に考えてくれ、
子供のためにいつも最善を尽くしてくれる、そんな親でした。
子供の頃は、親というものはそういうもので、どこの家庭でもそうなんだと、思い込んでいました。
ところが成長するにつれ、そうではない親・そうではない家庭もあると知り、
自分の幸運を噛みしめたものです。
なので私は両親に対しては、ただただ感謝しかありません。
夢の中でもいいから会いたい・・・ とずっと思っていたのに、
父の夢は、ごく稀にしか見ることがありませんでした。
だから今朝の夢は、ほんとうに本当に嬉しかった・・・
今度は、父と母の両方に、夢の中で会えるといいな