私が前回記事を書いていた、ちょうどその頃――2月10日(金)の晩。
私が仕事でお伺いしている顧客さんのお宅で、想定外の事件が起こっていました。
翌11日(土)にお伺いしたとき、住み込み介護ヘルパーのサンドラ(仮名)から、事の顛末を聞きました。
顧客の女性Cさんは、認知症を患う92歳の未亡人で、一人暮らし。
住み込み介護が始まったのは、昨年の末と、わりと最近です。
Cさん、それまでは訪問介護を受けていましたが、昨年一年間に
屋内と屋外で、合わせて3回転倒されたそうです。
いずれも一人きりだったときのことで、屋内で転倒した2回は、
介護のため訪れ合鍵で家に入ったヘルパーさんが発見。
外を散歩中に転倒したときは、通りがかりの人が介抱してくれましたが、
自分の住所を言えなかったそうです。
3回とも病院搬送され、3回目の転倒のあとは一時的に養護施設に入居し、
ソーシャル・サービスが介入して住み込み介護が手配され、
ようやく帰宅し住み込み介護が始まったわけです。
Cさんのお宅は準一戸建てで、お隣りさんと屋根続き。
外から見た限りではこんな風 に平屋に見えるのですが、
Cさん宅は実際は屋根の下に2階もあって、寝室がふたつあります。
ひとつはCさんが使い、もうひとつは住み込みヘルパー用として使われていました。
(注: 実際のCさんのお宅ではありません。)
ところが3週間ほど前にCさんは、早朝、寝室内で転倒。
ベッド脇に設置されていた簡易トイレを使ったあと、バランスを崩したようでした。
幸い怪我はありませんでしたが、精神的ショックのせいか当日はほとんど歩けなくなったため、
私たちの雇用主に要望されたソーシャル・サービスにより可動式電動ベッドが
急遽手配され、その日のうちに配達されました。
(早朝に転倒され、その日の午後には配達されたのには感心しました。
イギリス人、やればできるじゃん!と。 ←なに様!?
)
幸い居間の隅に十分なスペースがあったので、電動ベッドはそこに設置され、
Cさんはそれ以降は1階でのみ過ごしています。
転倒後のCさんですが、そのとき住み込んでいたリナ(仮名)がその日の午前中は2階の寝室で休ませておき、
午後に私が仕事に伺ったときに、二人がかりで慎重に介助しながら一緒に階段を下り、1階に移しました。
Cさんは長くは座っていられず、屋内を歩き回る癖があるので、
2階に一人置いておくのは危険なのです。
一人で階段を下りようとでもされたら、転倒というか転落の危険性大ですからね。
キッチンもバスルームもCさんの衣類が入ったワードローブもすべて1階にありますから、
これでCさんは、階段を昇降する必要もなくなり、ひと安心です。
転倒した翌日からは、以前のように歩行補助器(両手で掴むタイプ)を使って、
ゆっくりと1階を歩き回られています。
前置きが長くなりましたが、ここからが事件の内容です。
10日(金)、Cさんは午後7時には居間のベッドに入られたので、
住み込み介護中のサンドラは夜用ライト以外をすべて消灯し、
2階の自室に引き上げました。
午後8時過ぎ。
玄関のチャイムが鳴りました。
(こんな時間に、いったい誰が、何の用で・・・?)と訝りつつ、
サンドラはドアを開ける前に、外にいるはずの相手に向かって、
誰なのかを問い質しました。
でも応答はなく、外は静まりかえっているようだったので、
(きっと誰かが家を間違え、それに気づいて去っていったのだろう)と
考えたそうです。
ところが、ついでにと思い、Cさんの様子を見に居間に入ってみたら、
居間の真中に、人が立っているではありませんか!
(サンドラ、「ショックで卒倒しそうだった」そうです。)
電気をつけると、立っているのは酒臭い男で、
サンドラが誰なのか問うと、「泥棒だ」。
サンドラは恐怖でおかしくなりそうでした。
でも男は続けて、「冗談だよ、息子だ」と。
裏手にある勝手口の合鍵を持っていたので、それを使って屋内に入ってきたのでした。
Cさんのお子さんは一人っ子の息子さんだけで、息子さんはロンドンに住んでいて、
滅多に母親を訪ねて来ず、母親の介護にも一切ノータッチ。と、聞いていました。
酔っているらしいその息子がろれつの回らない口調で話すことには、
「ホームレスになってしまったので、母親と一緒に暮らしたい」とのこと。
そうしてソファの上に、ごろんと横になってしまったそうです。
こんな非常識な、しかも酔っ払い男と一晩過ごすなど、とんでもない!
と、サンドラはすぐにオンコール番号に電話しました。
ケア・コーディネーターが即座に対応し、警察とソーシャル・サービスに電話。
サンドラが緊急避難するためのホテルも手配してくれました。
すぐに警察が到着してくれたので、サンドラは事情を説明後、ホテルに移動。
警察は男から合鍵を取り上げたうえで男を連れ去り、
サンドラが帰宅するまで家をガードしていてくれたそうです。
男はベッドで寝ている母親の上にかがみ込んで、
「母さん、俺だよ・・・」などと話しかけたそうですが、
Cさんは男を息子と認識せず、事情もさっぱり呑み込めず、目をぱちくるするのみ。
翌日にはすっかりその一件を忘れていたそうで、それは幸いでした。
続く2日間は週末だったので行動に移せませんでしたが、
早速月曜日の今日、玄関ドアと勝手口ドアの錠を交換して新しくしてもらうそうです。
非常識なバカ息子が他にも合鍵を持っていた場合に備えて。
何ともまぁ、サンドラには、とんだ災難だったこと・・・。
ケア・コーディネーターは、電話口で、平謝りだったそうです。
じつはこの息子、以前にも私たちの雇用主のもとに、
「母親と同居したい」と言ってきたそう。
でも同居できる子供がいるのなら、そしてその子供には老親の介護をする時間が十分あるのなら、
住み込み介護ヘルパーは必要ありませんよね。
タダで住まわせてもらうのだから、介護や家事は、その子供がすればよろしい。
でもこの非常識さでは、この息子には、Cさんを介護したり家事をちゃんとこなしたりなど、
到底できるようには思えません。
Cさんが92歳ですから、息子の年齢は、60代後半から70歳前後・・・
というところでしょうか。
ちょうど義母とオットーの年代と重なります。
ホームレスになったという息子、今後、どうするんでしょうね?
あの晩以降は現れていないようですが、でも行くところがないのならば、
母親が住む地域に留まって、また凸して来ないとも限りません。
困ったものです。
というわけで、イギリスで初めて遭遇した、身近な8050ならぬ9060問題でした。