皆さん覚えてますよね? 厳寒のハドソン川 ・・・・・
2009年1月15日に発生した、USエアウェイズ1549便不時着水事故。
午後3:26にラガーディア空港を離陸した同便は、1分後の3:27にバードストライクに遭い、
両エンジン停止という極めて稀な、緊急非常事態に陥ります。
ラガーディア空港よりは近くなっていたテーターボロ空港への不時着を一度は考慮するものの、
「テーターボロ到達も無理」 と判断した機長は3:29にはハドソン川に不時着水することを決め、
3:30にジョージ・ワシントン橋上空をすれすれで無事通過、3:31に滑らかな不時着水を成功させました。
3:33に緊急脱出開始。 乗員は機体のドアを開け、後方から浸水してくる機内から、150名の乗客を
脱出シューター(evacuation slide)と両主翼へと誘導。 その5分後、近くにいた船舶が救助のため同機の周りに集まる中、
機内の通路を二度往復して誰も取り残されていないことを確認した機長が、最後に脱出しました。
グライダー状態で降下する同機。 不時着水時の速度は、時速240kmだったと推定されています。
不時着水には成功したものの、足下にあるのは地面ではなく凍てつく冷たさのハドソン川。
当日の気温は-7℃、水面近くの水温は2℃でした。
(不時着水には成功しても、このまま冷たい水にのまれて溺死してしまうのでは?)と、皆さん気が気じゃなかったことでしょう。
機体の爆発を怖れて川に飛び込み、機体から離れようとする乗客もいたそうです。
でも大丈夫。 近くにいた救助可能な船舶が、次々に駆けつけてくれました。
不時着水から4分後の3:35に、最初の船舶が到着。 通勤用フェリーの “トマス・ジェファーソン号” でした。
できるだけ早く救助活動を始めてもらえるよう、場所(通勤フェリーの発着場近く)を選んで不時着水した機長は偉い。
同機が高度が足りなくなりレーダーから消えてしまったため、同機を探してその位置情報を送るよう他の航空機に要請し、
消防や沿岸警備隊にも緊急発動を要請しておいた管制官もグッジョブ!
3名の女性客室乗務員は、前部に2名、後部に1名が配置されていました。 後部にいたドリーン・ウェルシュさんは
着水時に脚に裂傷を負いましたが、乗客の誘導に夢中だったため機体前部に移動するまで気づかなかったそうです。
パニックした女性客が後部ドアのひとつを開けたため川水が流れ込み、ウェルシュさんが閉めようとしたものの閉まらず。
その水圧により機体底部に亀裂が入り、捻じ曲げられた機体の後部にある貨物ドアが開いてしまい、そこからも浸水が始まりました。
乗務員たちは座席の上を伝って前部に避難するよう乗客を促しました。 車椅子の乗客も一人いたそうです。
機長・副操縦士と客室乗務員は、機内から毛布や救命胴衣を集め、乗客に手渡しました。
救命ボートにヘンシンしていた脱出シュートの中には、膝まで届くほど水が入っていましたが、
救命ボートの方が翼の上より安全なので、機長は両翼に立っていた人々をまず救助するよう要請。
乗客のデイヴ・サンダーソンさん(47歳)は他の乗客の脱出を手伝ったあと翼に降り立とうとしましたが、すでに人々で一杯で
スペースがなかったため川に飛び込み、最寄のボートまで泳いだそうです。
全員が救助されたあとも、川の流れに乗って半ば沈みながら南下を続けた同機。
最終的には着水地点から約6km下流の、世界金融センター近くの桟橋につながれたそうです。
155名(乗客150名・乗員5名)を乗せていた同機。
救助された乗客乗員はすぐに病院に搬送されましたが、その晩入院が必要だったのは、たったの2名でした。
そのうちの一人は前述のデイヴ・サンダーソンさん。 低体温症にかかっていた彼は、平熱に戻るまで数時間を要したそうです。
入院が必要だったもう一人は、客室後部にいてL字型の裂傷を負った乗務員のウェルシュさんでした。
デイヴィッド・パターソンニューヨーク州知事(当時)は、不時着水成功のニュースを聞いてこう述べました。
“ We had a Miracle on 34th Street. I believe now we have had a Miracle on the Hudson. ”
「34丁目に奇跡が起きた。 そして今我々は、ハドソン川に奇跡が起きたと信じる。」
任期を終えようとしていたジョージ・W・ブッシュ大統領も任期を始めようとしていたオバマ大統領も、
1549便の乗務員のスキルとヒロイズムを絶賛。
両大統領ともサリー機長に電話し、乗客の命を救ってくれたことに直接感謝したそうです。
5名の乗務員は、5日後のオバマ大統領の就任式にも招待されました。
《 内容的に、次回につづく 》