Countryfile は、BBC1 の日曜日の晩のレギュラー番組のうちのひとつ。
英国の田舎や農業や環境に関連する事柄を紹介したり、問題を提起したりします。
昨晩の Countryfile は、エリザベス女王のバルモラル滞在をふり返るものでした。
母君がスコットランド出身だった女王陛下は、幼い頃からバルモラル城に親しんで成長されたそうです。
番組中、近くの村バラター(Ballater)の商店を訪れる、若き日の女王の映像が紹介されました。
一緒にいる息子さんは、チャールズ新国王でしょうか。女王陛下はご自分で車を運転しておられました。
こうして見る限り、女王というよりは、『ちょっといい所の奥さん』という感じ。
こうして『素』の自分に戻れるバルモラル滞在は(このときは撮影されていたものの)、女王陛下にとってほんとうに貴重なひとときだったのでしょうね。
(以上の画像は Countryfile から引用させていただきました。)
バルモラル城、聞いたことはあってもどこにあるのかよく知らなかったので、調べてみました。
バラター(アバターみたい)までは、片道12kmくらい?
史跡っぽいものがありますね。左からプリンス・アルバートのピラミッド、アバーゲルディー城、ノック城だそうです。
エディンバラにあるホリールード宮殿は女王陛下のスコットランドの公邸であるのに対し、
バルモラル城は女王陛下が家族と水入らずで静養するための別邸といった立ち位置だったようです。
バルモラル城のロケーションは、まさに天国みたい
* * *
今日(9月12日月曜日)午後2時半頃、女王陛下の棺は、ホリールード宮殿を出発しました。
女王陛下の4人の子供たちが、棺の後ろを歩きます。軍籍を失ったアンドリュー王子は私服です。
行き先は聖ジャイルズ大聖堂。昨日通ったロイヤル・マイル通りを、今日は逆方向にふたたび進行します。
女王陛下に敬意と哀悼を示そうと(、あるいはただの野次馬根性から?)、沿道を埋める一般市民たち。
大聖堂に着いた棺は内部に無事安置され、メモリアル・サービスが執り行われました。
サービスが終わり王族や参列者が退出してからは、一般市民が女王陛下に弔意を捧げられるよう、棺は24時間の公開に入りました。
(ここまでの画像は BBC News から引用させていただきました。)
母方の祖父母の出身地であり、幼少の頃から愛し、家族と共にたくさんの幸せな思い出をつくってきたスコットランド。
女王陛下が最期の数ヶ月を、そんなスコットランドのバルモラル城でゆっくり過ごせたこと、本当に良かったと思います。
そして、そのままスコットランドで亡くなられたことも。
だってそのおかげでスコットランドの人々にも、ちゃんとお別れができることになったのですから。
もしバッキンガム宮殿やウィンザー城やサンドリンガムで亡くなっていたら、
エディンバラへの棺の旅も、今日の聖ジャイルズ大聖堂でのメモリアル・サービスも起こらず、
スコットランドがこうして世界の注目の的になることもなかったでしょう。
女王がバルモラル城で亡くなったのは、スコットランドの人々への感謝のプレゼントだったような気がします。
イングランドの人々もまた、女王陛下がゆっくり時間をかけてロンドンに戻ってくることで、
女王陛下が逝去されたという事実を少しずつ実感していくことができると思うんですよね。
Countryfile で言っていましたが、女王の子供の頃の夢は、たくさんの動物や家畜を飼って、
たくさんの子供を産んで、にぎやかに暮らすことだったそうです。
そういえばエリザベス女王は、本来なら王位につく予定はありませんでしたからね。
伯父であるエドワード8世が退位したため、父君が思いがけずジョージ6世として即位する羽目になって。
エリザベス王女が女王になったのは、その結果でしたから。
(詳しくは “The King's Speech” をお読みいただければ幸いです。)
私は自由が好きなので、ジョージ6世とエリザベス女王が、好むと好まざるにかかわらず
示された針路を進まざるを得なかったことに、同情を覚えます。
王位につかなければ、まったく違う一生を送っていたのだろうな~、と。
でもその結果、お二人ともに素晴らしい仕事をされ、それゆえ国民に深く敬愛されて
その死を深く悼まれる存在になれたのですから。
終わりよければすべてよし、ですね。