2017年6月のロンドン橋テロ事件について書いたのは、ほんの1年半ほど前のことだったのに。
昨年11月に、またもロンドン橋で凶行がありました。(否、正確に言えば、主な舞台は魚屋ホールでしたが。)
前回の記事ストレッサム無差別テロ事件でもちょこっと触れた事件でそのうち書こうと思っていたので、書くことにします。
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5分間の恐怖
(この略図内の説明には不正確と思われる点が多いので、さらっと読むにとどめてくださいませ。)
① 魚屋ホール、午後1時58分: ロンドン橋北側で襲撃が始まる。ナイフを持った男がBank駅の外と魚屋ホールで5人を刺す。
② ロンドン橋のヒーローたち: 通りがかりの人々がロンドン橋のナイフ男に立ち向かう。一人が男からナイフを奪う。
警察が男を射殺、午後2時03分: 武装警官が到着し、男以外の人間を避難させて男を射殺。警察が最初の非常通報を受けてから5分後のことだった。
③ バラ・マーケット、避難させられる: 武装警官がバラ・マーケットの人々を避難させ、テロを意図する人間が紛れていないか捜索する。
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事件があった2019年11月29日、魚屋ホール(Fishmongers' Hall)では、ケンブリッジ大学による前科者の更生をサポートするプログラム
“Learning Together” の会合が開かれていました。 Learning Together は、前科者が高学歴者と『隣り合って共に学ぶ』ことで
前科者の更生と社会復帰を促進するプログラムだそうです。
スタッフ約50名に加え、元囚人・刑務所のスタッフ・司法正義の活動家などから成る約100名のゲストも出席。
前年12月に釈放されていた犯人のカーンは、出席者のうちのひとりでした。
目撃者によると、午後2時ちょっと前、偽の自爆ベストをまとったカーンが突然、ビルを吹き飛ばすと脅しました。
2本のナイフを手にした(テープで手に固定されていたとの情報も)カーンは、悲鳴を上げ逃げ出す人々に襲いかかり、数名が刺されました。
ルーカス(Lukasz)という名のポーランド人シェフは、地下にあるキッチンでグラスを洗っていて人々の悲鳴を聞きました。
ファースト・エイドのトレーニングを受けている彼は、すぐさま1階に駆け上がりました。
途中で最初に目についた、武器として使えそうなもの――壁に掛かっていたイッカクの長い牙――をもぎ取って。
人々が逃げる時間を稼ぐため、ルーカスは牙でカーンに応戦しますが、カーンの胴体を牙で突いてもはね返るだけのようなので、
ルーカスはカーンの胴が防護されていることを悟ります。ルーカスもカーンにナイフで切りつけられ、腕に5ヶ所の傷を負いますが、
怯むことなく闘いつづけます。数人がルーカスに加勢ししてきたため、劣勢を悟ったカーンは階段を下りて入口から外へと逃走。
ルーカスは左腕の力を失いつつも、牙を手にしたまま他の前科者らとともにカーンを追います。
彼らはロンドン橋の北端寄りでカーンを追いつめ、彼を倒そうと試みます。うち1人は消火器を使用。
偶然通りかかった非番の警官も、橋の反対側から4車線を横切って応援に駆けつけました。
カーンの手からナイフが離れ、カーンはとうとう人々によって地面に押さえ込まれました。
3名の武装警官が到着、カーンを取り囲み彼に銃口を向けたままカーンを追いつめた人々を避難させると、銃声が響きました。
まだ動けたカーンがジャケットを開いて自爆ベストのようなものを見せると、二発目の銃声が轟きました。
(銃は三度発射されたとの情報も。)
銃声に反応して歩行者たちは反対方向に走り、ドライバーたちは車を捨てて逃げ、複数のバスからは乗客たちが逃げ出します。
犯人の周囲の白っぽいものは、犯人と闘うために使われた消火器の内容物だと思われます。
犯行に使われたらしいナイフが落ちています。
犯人はウスマン・カーン、28歳。2012年にロンドン証券取引所爆破計画を含むテロ計画に加担したかどで有罪になり16年の刑を
宣告されましたが、その半分もつとめないうちに、2018年12月に電子タグつきで仮釈放されていました。
『イスラムが世界を支配するだろう』? ・・・それを見届ける前にあの世行きになって、残念でした!
せっかく五体満足で生まれて来ながら命をこんな風にムダにするほど、過激思想って大事なものだったの???
事件直後のロンドン橋です。ロンドン橋は私もムスメと歩いたことがあるので、ぐっと身近に感じます。
2年半ほどの間にテロ事件が二度も起きるなんて、ロンドン橋、ツイてないこと・・・。
カーンにより刺されたのは五人、うち二人が命を失いました。
サスキア・ジョーンズさん(23歳)はケンブリッジ大学の学生で、カーンが出席していた会合を調整した Learning Together で
ボランティアをしていました。
「彼女は知識欲が旺盛で、犯罪正義の犠牲者をサポートすることに大きな情熱をもっていました。」と、ご家族。
ケンブリッジ大卒のジャック・メリットさん(25歳)は、Learning Together でコーディネーターを務めていました。
「息子は美しい心の持ち主で、常に負け犬の味方でした。ほんとうに素晴らしい若者でした。」と、父親のデイヴィッド・メリットさん。
左から: ジョーンズさん、メリットさん、メリットさんと恋人
ムスメとちょうど同年代の、まさに人生始まったばかりだったジョーンズさんとメリットさん。
若く気高い貴重な命がふたつも奪われてしまい、ご本人たちの無念とご遺族の悲嘆を思うと、言葉もありません。
お二人のご冥福をお祈りします・・・。
イッカクの牙のヒーロー・ルーカスさんに加えてもう一人、触れておきたいヒーローがいます。
消火器を使ってルーカスさんに加勢した前科者、ジョン・クリリーさんです。彼も元囚人として、魚屋ホールでの会合に出席していました。
消火器を手にカーンを追ったクリリーさんは、最初はそれをカーンに投げつけるつもりでした。が、(これで自爆装置をショート・サーキット
させられるかもしれない)と思い直し、カーンの胴体と目を狙って消火剤を吹きつけたそうです。
ヘロイン中毒だったクリリー氏は、2005年2月8日にマンチェスターで強盗殺人を犯したかどで有罪になりました。
強盗目的で侵入したところ、共犯者がその家の主だった71歳のナイジェリア人実業家を殺害してしまったのです。
2005年12月に最低禁固20年の終身刑を受け、13年刑務所にいましたが、2018年4月に彼の刑が見直され、18年の刑に
軽減されました。しかもその18年のうち半分は『ライセンス付き仮釈放』としてルールに従いつつ社会に復帰できることに。
すでに13年間を刑務所で過ごしたクリリー氏は、即出所できました。
犠牲になったメリットさんは、クリリー氏の良き友であり教育者であり導き手でもありました。
「自分がこれまで会った中で最高の男でした」と、メリットさんの死を悼むクリリーさん。
「ジャックは私の卒業を祝うため、わざわざケンブリッジから来てくれたんです。
ジャック・メリットの友人であることをどれほど誇りに思うかは、言葉では尽くせません。」
立派に更生し社会復帰したクリリーさんと、
その正反対、過激思想に浸かったまま二つの尊い命を奪って射殺されたカーン。
犯罪者が更生可能かどうかの判断は、本当に難しいですね。
仮にクリリーさんが(イギリスに死刑はないけれど)死刑になっていたとしたら、彼の更生と社会復帰の道は永遠に断たれてしまっていました。
いっぽうカーンは、過去に実際に他人を殺めたわけではなかったから死刑にはできなかったし、仮釈放されてしまえば
こうして事件を起こすまでは手を出せなかった。
社会に戻された前科者の、明と暗・・・。
いずれにせよ、この事件とストレッサムの事件を受けて、過激思想をもちテロ関連の罪で有罪になった人間の扱い――とくに仮釈放――に
関しては、今後は非常に慎重にそして厳正になってもらわなければなりません。さもないと、また人々の血が流れます。
自らの命を危険にさらして一般市民を守る警察官たち。私にはできないなぁ・・・頭が下がります。
誰だって、いつどこでテロ事件の被害に遭うかわかりません。
でも少なくとも事件の第一報が入れば飛んで来てくれる警察官がいる地に住めるのは、
とても有難い感謝すべきことだ――と、改めて思います。