今から25年前の、1996年7月9日。
ケント州の田舎で凶悪殺人事件が起きました。
下の画像は、死亡した被害者リン・ラッセルさんと次女のメーガンちゃんのもの。
何度も何度もニュースで見たのを覚えています。
我家に関していえば、当時ムスメは生後7ヶ月。毎日育児に追われていただろうし、インターネットはようやく普及を始めた頃だったから、
事件の詳細は知りませんでした。それでも、のどかな田舎で起きた残忍な事件に戦慄を感じたものです。
前回ジュリア・ジェームズさんが殺害された事件について書きましたが、あれこれニュースを読んでいて、意外なことを知りました。
ジュリアさん殺害現場は、25年前のラッセル母娘殺傷事件の現場にとても近いという事実です。
ネットニュースから拝借した上の画像では、その間2.5マイル=4kmとなっていますが、
下のグーグル・マップ画像ではそれよりさらに近く、せいぜい3km強しかないように見えます。いずれにせよ、歩いても行ける距離。
25年の時を経ているとはいえ、こんな近距離で残忍な事件がまたもや発生するなんて・・・。
ジュリアさん事件をきっかけにラッセル母娘殺傷事件についてもあれこれ読んだので、今回はこの事件について書くことにします。
殺傷事件の現場となったのは、ラッセル家の二人の娘さんたちが通う小学校と自宅のほぼ中間地点にある、ヌーケッツ・ウッドという林の中。
ラッセル母娘が徒歩で登校あるいは下校する場合は、途中でチェリーガーデン・レーン Cherrygarden Lane という、車一台分の幅しかない
未舗装の田舎道を歩くことになります。
上の画像の四角で囲まれた部分=下左画像にご注目。ここにある Granary Cottage というのが、ラッセル家の住居だったそうです。
(すぐ近くに Beech Grove School という学校がありますが、調べてみたらこれは私立の寄宿学校のようです。)
上左と下左画像はグーグル・マップから、上右と下右は、YouTube で見たラッセル母娘事件を扱った番組 Murder Files から拝借しています。
美しくのどかな田園風景にある心地良さそうな家に住んでいたのは、植物学者ショーン・ラッセル氏、その妻リン・ラッセルさん(45歳)と、
二人の娘さんたち――ジョーシィちゃん(9歳)とメーガンちゃん(6歳)――でした。
一家がこの家に住み始めたのは、事件の前年から。
それまでは風光明媚な北ウェールズに住んでいましたが、ラッセル氏の仕事の都合でケント州に引越したそうです。
リンさんもドクターの肩書き(専門は不明)を持っていましたが、事件当時は専業主婦として家事、動物の世話や庭の手入れに専念していました。
未舗装の田舎道チェリーガーデン・レーン Cherrygarden Lane に話を戻します。
北端と南端はこんな 感じ。チェリーガーデン・レーン自体にはストリート・ビューは入れませんでした。
事件が起きたのは、1996年7月9日。
朝の登校には、ラッセル氏が娘さんたちを小学校まで車で送り、そのまま出勤しました。
小学校までは徒歩だと2kmの道のりなので、朝の忙しい時間帯はそうすることが多かったのかもしれません。
その日はカンタベリーで水泳競技大会があったため、児童はバスでカンタベリーまで往復。
飼っていた小型犬ルーシーを連れて娘たちを迎えに行ったリンさんは、午後3時55分頃、ジョーシィちゃん・メーガンちゃんとともに学校を後にしました。
(ふつう公立の小学校は午後3時頃に下校になります。この日下校時間が遅かったのは、水泳競技大会のためで非日常的なことだったのかもしれません。)
小学校からチェリーガーデン・レーンまでは、わざわざ道路を歩いて遠回りせずに緑地にはしるフットパスを利用したことでしょう。
Murder Files の場面からも、刑事さんが同様に解釈していることがわかります。
ヌーケッツ・ウッドの両側は、当時はトウモロコシ畑だったようです。
その日ショーンさんは、午後7時頃帰宅しました。家は空っぽでしたが、リンさんと娘さんたちは友人の車に同乗させてもらって
ブラウニーズ(ボーイスカウトの少女版)に行くことになっていたので心配もせず、夕食の支度を始めました。
しかし、しばらくしてリンさんたちが同乗させてもらったはずの友人から電話がありました。
「5時頃電話したけど誰も出なかったし、車で家まで行ってもみたけど留守のようだったわ。」
ここではじめてショーンさんの心に懸念が湧きます。
近親、他の友人に電話をかけてまわりますが、誰も三人の居場所を知りません。
学校まで車で往復もしてみましたが、ヒントになるような発見はありませんでした。
午後9時頃、ショーンさんは警察に電話しますが、「関連するような事故の報告はない」と言われました。
病院と、念のため獣医にも問い合わせましたが、手がかりは得られませんでした。
しかし警察は、ショーンさんの電話を深刻に受け止めていたようで、やがて嗅覚探知犬を伴った警官たちが到着。
ショーンさんに事情を聞くかたわら、付近の捜索を開始しました。
午後11時半頃、「三人とも死亡した状態で発見された」というショッキングなニュースがもたらされました。
精神的大打撃を受けたショーンさんは、当初は無感覚、やがて正常に思考できない状態に陥ったそうです。
一緒にいてくれた友人夫妻が自分たちの家に来て休むよう言ってくれましたが、警察署への同行を求められたので、そうしました。
(どのみち眠ることなどできなかったでしょうね・・・。)
パトカーで警察署に向かうショーンさんの心の中には、自殺願望がちらついていたそうです。
署に到着すると、まずはソファで休むよう言われ、暖かい飲みものも提供されました。
三人が発見されたのは、ヌーケット・ウッドの木立の間でした。
三人とも後手に縛られ、ハンマー状の鈍器で頭部をめった打ちにされていました。
小型犬のルーシーまでもが撲殺されていました。
人通りの少ない田舎道の脇にある木立。
チェリーガーデン・レーンから木立に入ってしまえば、木々が格好の目隠しになってしまったことでしょう。
(下左は舗装道路のようなので、Station Road だと思われます。)
翌朝午前6時頃、ショーンさんに驚くべきニュースが伝えられました。
発見された時点では三人とも死亡していたと思われましたが、その後女の子のうちの一人にまだ微かながら
脈があることがわかり、病院に救急搬送されたというのです。
ショーンさんが病院に駆けつけると、生命維持装置に繋がれた娘、集中治療室のガラス越しに見た娘の顔には
そばかすがあるのが見てとれました。
長女のジョーシィちゃん(9歳)でした。
《 後編につづく 》